同じものは同じ言葉で:論文では言い換えない

エッセイでは、同じものを別の言葉で呼び替えて、読み手の印象を導く書き方があります。論文やレポートでは、言葉が違えば指すものも違うと読まれるため、同じものは最後まで同じ言葉で呼びます。そろえる言葉、言い換えずに重なりを減らす方法、言い換えてよいときを紹介します。

随筆やエッセイでは、同じものを、場面ごとに別の言葉で呼び替える書き方があります。ある町を「故郷」「あの坂の町」「帰れない場所」と呼び替えていくと、言葉が変わるたびに、読み手の中で町の印象が少しずつ重なっていきます。同じ言葉の繰り返しを避け、言い回しに変化をつけることが、文章の味わいになります。

では、論文やレポートでも、同じ言葉が続いたら言い換えたほうがよいのでしょうか。

(文献の内容を自分の言葉でまとめる「言い換え」は、「言い換え(パラフレーズ)」で紹介しています。この記事で扱うのは、自分の文章の中で、同じものの呼び方を変えることです。)

言葉が違えば、指すものも違うと読まれる

論文やレポートの読み手は、言葉が違えば、指しているものも違うと考えて読みます。たとえば、次の文章を読んでみましょう。

本研究では、時間の経過による忘却を調べた。参加者の記憶の消失は、学習の 1 日後に最も大きかった。この保持の低下は、干渉説の予測と一致する。

書き手は、三つとも同じことを指しているつもりかもしれません。しかし読み手は、「忘却」「記憶の消失」「保持の低下」が同じものなのか、別のものなのかを決められません。「記憶の消失」は、思い出せないだけなのか、記憶そのものがなくなったのか。「保持の低下」は、何で測ったものなのか。言葉が変わるたびに、読み手は考え込むことになります。

論文で大切なのは、何を指しているのかが一つに決まることです。言い回しの変化は、その代わりにはなりません。同じものは、最後まで同じ言葉で呼びましょう。

本研究では、時間の経過による忘却を調べた。忘却は、学習の 1 日後に最も大きかった。この結果は、干渉説の予測と一致する。

英語の文章の手引きでも、繰り返しを避けるための言い換えは、"elegant variation" と呼ばれ、説明の文章では避けるものとされてきました。

そろえる言葉

とくに、次の言葉は、一度決めたら変えないようにします。

  • 中心になる概念:問いと主張に出てくる言葉。意味を決めてから使い、決めた意味を最後まで守ります(「言葉の定義」)
  • 測ったもの:「正答率」と決めたら、途中で「成績」「得点」と呼ばない
  • 群や条件の名前:「統制群」と「対照群」、「条件 A」と「第一条件」を混ぜない
  • 人の呼び方:「参加者」「被験者」「協力者」「学生」のどれかにそろえる。分野で決まった言い方があれば、それに従います
  • 略語:一度「短期記憶(short-term memory: STM)」と導入したら、そのあとは「STM」で通す。略語と元の言葉を行き来しない
  • 図表・資料の呼び方:「表 1」と書いたら「1 番目の表」「上の表」と呼び替えない

表記のゆれ(「子ども」と「子供」、「二度目」と「3度目」)も、同じ言葉を別の書き方にしてしまう点で、似た問題です。表記のそろえ方は「文体と表記」を見てください。

言い換えずに、重なりを減らす

同じ言葉が何度も続くと、読みにくく感じることがあります。そのときは、別の言葉に言い換えるのではなく、文の形を直します。

  • 省く:前の文と同じ主語は、省いても伝わることが多い
  • 「この」「その」で受ける:「この効果は」「その差は」と受けます。ただし、受ける先が一つに決まるときだけです。候補が二つ以上あるときは、言葉を繰り返したほうが確かです
  • 文をまとめる・分ける:同じ言葉が一文に何度も出てくるなら、文が長すぎることが多い。一文を一つの内容にすると、繰り返しは減ります(「一文を短く、一つの内容に」)

干渉説は、後から学んだことが前の記憶を妨げると考える。干渉説によれば、忘却は時間そのものではなく、干渉説が想定する妨げによって生じる。

干渉説は、後から学んだことが前の記憶を妨げると考える。この説によれば、忘却は時間そのものではなく、この妨げによって生じる。

二つ目の例では、「この説」「この妨げ」の受ける先が、すぐ前の文に一つしかありません。だから、言葉を繰り返さなくても、何を指しているのかが決まります。

言い換えてよいとき

同じものを別の言葉で書いてよいのは、同じものだと、読み手にはっきりわかる形で示すときです。

  • 説明として言い換える:「すなわち」「言い換えれば」「つまり」を使って、前の言葉の意味を、別の言葉で説明するとき
  • 略語を導入する:「短期記憶(STM)」のように、括弧で同じものだと示すとき
  • 文献の言葉を紹介する:文献によって呼び方が違うときは、「A(2020)は『記憶の減衰』、B(2021)は『痕跡の消失』と呼ぶが、本レポートではどちらも『減衰』と呼ぶ」のように、どの言葉を使うかをことわってから、その言葉で通します

反対に、言葉を変えたら、指すものも変わったと読まれます。「忘却」の話から「記憶全般」の話へ広げるときのように、本当に範囲を変えるのなら、言葉を変え、変えたことがわかるように書きましょう。

エッセイや批評では

エッセイや批評では、言葉の選び方そのものが、文章の価値の一部になります。呼び替えによって印象を重ねていく書き方も、そこでは工夫の一つです(「レトリックとの向き合い方」)。

ただし、大学の授業で「エッセイ」と呼ばれる課題でも、求められているのが論文に近い文章であることは少なくありません。課題がどちらの文章を求めているのかは、「論文の文章と、ほかの文章」で確かめてください。

確かめること

  • 中心になる概念を、最後まで同じ言葉で呼んでいるか
  • 測ったもの、群や条件、人の呼び方が、途中で変わっていないか
  • 略語を導入したあと、元の言葉と行き来していないか
  • 繰り返しを避けるために、別の言葉に言い換えていないか(省く・「この」で受ける・文を分けるで直したか)
  • 文献ごとに呼び方が違う言葉は、どれを使うかをことわったか
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