引用を生かす:主張の中に文献を組み込む
引用は、文献を並べるためではなく、自分の主張を支えるために使います。段落の中での引用の置き方、文献を並べずに論点でまとめる書き方、著者を主語にするかどうかの使い分け、どこまでが文献の内容かの示し方と、「◯◯大学の研究によると」のような肩書きで権威づける書き方を避ける理由を紹介します。
引用は、文献を読んだ証拠として並べるものではありません。自分の主張を支える根拠として使うものです。同じ文献を使っても、どこに置き、どう受けるかで、論証の強さは大きく変わります。
引用の基本(間接引用と直接引用、出典の示し方)は「根拠と引用」を、言い換えのしかたは「言い換え」を読んでください。
(この記事の例に出てくる文献は、説明のための架空のものです。)
主張 → 引用 → 受け止め、の順に置く
段落の中では、引用を次の順に置くと、引用が何のためにあるのかが読み手に伝わります。
- 主張:この段落で言いたいこと(中心文)
- 引用:それを支える文献の内容
- 受け止め:その引用から何が言えるのか、主張とどうつながるのか
忘却は、時間の経過だけでは決まらない(主張)。高橋(2019)は、学習後に8時間眠った大学生のほうが、同じ時間を起きて過ごした大学生よりも、多くの単語を思い出せたと報告している(引用)。経過した時間が同じでも再生に差が出たことは、その間に何をしたかが忘却に関わることを示している(受け止め)。
よくあるのは、引用だけを置いて段落を終える書き方です。引用から何が言えるのかを書かなければ、読み手は、書き手がその文献を何の根拠にしたのかがわかりません。引用のあとには、必ず自分の言葉で受け止める文を置きましょう(「パラグラフ・ライティング」)。
文献を並べずに、論点でまとめる
山田(2020)によると、〜。高橋(2019)によると、〜。中村(2019)によると、〜。
文献を一つずつ紹介すると、文献の要約が並ぶだけになり、何を論じたいのかが見えなくなります。複数の文献を使うときは、論点ごとにまとめ、文献どうしの関係を書きます。
学習後に眠ると忘却が少なくなることは、複数の研究で示されている(伊藤, 2021; 高橋, 2019)。ただし、その理由については、睡眠中は干渉が少ないためとする説明と、睡眠中に記憶の定着が進むためとする説明があり、両者は区別されていない(渡辺, 2022)。
同じことを示した文献はまとめて挙げ、食い違う文献は、どこが食い違うのかを書きます。先行研究を整理するときの考え方は「先行研究のまとめ方」でも紹介しています。
著者を主語にするか、内容を主語にするか
| 書き方 | 例 | 向いているとき |
|---|---|---|
| 内容を主語にし、出典を文の終わりに添える | 忘却の多くは、取り出しの失敗によると考えられる(山田, 2020)。 | 内容そのものが大切なとき。複数の文献が同じことを示しているとき |
| 著者を主語にする | 山田(2020)は、忘却の多くは取り出しの失敗によると述べている。 | 誰がそう述べたのかが大切なとき。立場の違う研究者を比べるとき。これから批判や検討をするとき |
どちらも正しい書き方です。ただし、著者を主語にした文ばかりが続くと、文献の紹介が並ぶ形になりがちです。論点を中心に書き、誰の主張かが大切なところで著者を主語にしましょう。
著者を主語にするときは、文献の言い方に合った動詞を選びます。「報告している」「述べている」「主張している」「示唆している」では、それぞれ確かさが違います(「言い換え」)。
どこまでが文献の内容かを示す
一つの文献の内容を、何文かにわたってまとめることがあります。出典を最初の文にだけ付けると、どこまでが文献の内容で、どこからが自分の考えなのかがわからなくなります。
- 文献の内容が続くあいだは、「山田(2020)は、さらに〜とも述べている」のように、誰の内容かがわかる書き方を続ける
- 自分の考えに移るところで、「この説明をふまえると」「しかし」のように、切り替わりがわかる言葉を置く
- 長くなるときは、文献の内容と自分の考えを、段落で分ける
文献の内容と自分の考えの境目があいまいだと、自分の考えを文献のせいにしたり、文献の考えを自分のものに見せたりすることになりかねません(「根拠と引用」)。
常識にも出典は要るか
「日本の首都は東京である」のように、誰もが知っていて、どの資料にも同じように書かれていることには、出典は要りません。一方、その分野を学んだ人には常識でも、読み手が確かめたくなりそうなことには、出典を付けます。
迷ったら、出典を付けておくほうが安全です。とくに、数値、研究の結果、特定の人の考えには、必ず出典を付けます。
「◯◯大学の研究によると」と書かない
ニュースや一般向けの記事では、次のような書き方をよく見かけます。
ハーバード大学の研究によると、睡眠は記憶を強めることがわかった。
◯◯教授の研究によれば、一夜漬けは逆効果だという。
学術的な文章では、こうした書き方はしません。理由は三つあります。
- 読み手が確かめられない:誰の、いつの、何という研究なのかがわからず、元の文献にたどり着けません
- 肩書きで確かさを示そうとしている:大学の名前や「教授」という肩書きは、その研究が確かだという理由になりません。研究の確かさは、方法とデータで決まります(「誤謬」の「権威や多数に訴える」)
- 言い切りが強すぎる:「〜とわかった」「〜だという」は、一つの研究の結果を、確かめられた事実のように示しています
「〜の研究によると」という言い方そのものも、学術的な文章ではあまり使いません。研究は、著者名と発行年で示し、何をどう調べて、何が示されたのかを書きます。
高橋(2019)は、大学生40名を、学習後に眠る条件と起きて過ごす条件に分けて比べ、眠った条件のほうが再生数が多かったと報告している。
所属や肩書きは、ふつう書きません。書いても、研究の確かさを補うことにはなりません。
「〜とわかった」「〜が明らかになった」も、同じように気をつけたい言い方です。一つの研究が示したことは、「〜と報告している」「〜を示している」のように、その研究の結果として書きます(「論証」)。ニュースの記事を手がかりに研究を知ったときは、元の論文を探して読み、論文を出典にします(「一次資料と二次資料」)。
確かめること
- 引用のあとに、そこから何が言えるのかを自分の言葉で書いた
- 文献を一つずつ並べず、論点ごとにまとめた
- 著者を主語にした文ばかりが続いていない
- どこまでが文献の内容で、どこからが自分の考えかがわかる
- 数値、研究の結果、特定の人の考えには、出典を付けた
- 「◯◯大学の研究によると」「◯◯教授によれば」のような、所属や肩書きで示す書き方をしていない
- 一つの研究の結果を「〜とわかった」と言い切っていない