誤謬:論証のよくある落とし穴
一見すると筋が通っているのに、論証としては成り立たない推論を「誤謬」と呼びます。レポートで起こりやすい誤謬を、自分の主張を組み立てるときと、他人の主張を批判するときに分けて、例と直し方とともに紹介します。相関と因果の取り違えと、根拠に合った言い方の選び方も扱います。
誤謬(ごびゅう)とは、一見すると筋が通っているのに、論証としては成り立たない推論のことです。書いている本人は正しく論じているつもりでも、読み手には「理由が足りない」「話をすり替えている」と受け取られます。
ここでは、レポートで起こりやすい誤謬を集めました。名前を覚える必要はありません。自分の論証に同じ形がないかを確かめるために使ってください。
- 自分の主張を組み立てるときに起こりやすいもの:「根拠が足りない誤謬」「筋道がゆがんでいる誤謬」
- 他人の主張を批判するときに起こりやすいもの:「他人の主張を批判するときの誤謬」
主張と理由と根拠の組み立てそのものは「論証」を読んでください。
根拠が足りない誤謬
早まった一般化
少ない例から、広い結論を出してしまう誤りです。事例から一般的な結論を導く推論(帰納)の確かさについては「演繹と帰納」を見てください。
友人三人に聞いたところ、全員が寝る前に SNS を見ていた。大学生の多くは寝る前に SNS を見ている。
直し方:調査や統計など、十分な数の根拠を示します。示せないなら、主張の範囲を狭めます(「〜という例がある」)。
相関と因果の取り違え
一緒に起きていることを、原因と結果の関係だと思い込む誤りです。「A のあとに B が起きたから、A が B の原因だ」と考えるのも、これに近い誤りです(前後即因果)。
朝食を毎日とる学生ほど成績がよい。したがって、朝食をとると成績が上がる。
一緒に起きていること(相関)は、一方が他方の原因であること(因果)の証拠としては足りません。因果を言うには、ほかの説明を除ける必要があります。相関を見つけたら、次の説明が成り立たないかを考えます。
- 第三の要因:両方に影響する別の要因がある。朝食をとる学生は生活のリズムが規則正しく、そのために睡眠や勉強の時間も確保しやすいのかもしれない(このような要因を交絡要因と呼びます)
- 逆の因果:結果だと思っていたほうが、原因になっている。「自己肯定感が高い学生ほど成績がよい」は、成績がよいから自己肯定感が高い、とも考えられる
- 偶然:データが少ないと、たまたま関係があるように見える
- 集め方の偏り:調べる対象の人の集め方に偏りがあると、関係が生まれたり消えたりする。授業に毎回出席している学生だけを調べると、出席と成績の関係は見えなくなる(「日常と意味が違う言葉」)
実験で参加者を条件に無作為に割り当てるのは、第三の要因を条件のあいだに均等に散らし、ほかの説明を除くためです。調査や観察のデータでは、ほかの説明を完全には除けません。
直し方:根拠の種類に合った言い方を選びます。
| 根拠の種類 | 合った言い方 | 言いすぎの言い方 |
|---|---|---|
| 相関のデータ(調査・観察) | 〜と関連していた、〜ほど〜の傾向があった | 〜が〜をもたらした、〜すると〜になる |
| 実験のデータ | この条件では、〜によって〜が向上した | 〜は常に〜を向上させる |
| 一つの例 | 〜という例がある | 〜が一般に起きている |
相関のデータから因果について述べたいときは、言えることと言えないことを分けて書きます。
この結果は、朝食が成績を高めるという考えと矛盾しない。ただし、生活のリズムなどの影響を除けていないため、因果関係は明らかではない。
権威や多数に訴える
「有名な人が言っている」「多くの人がそう考えている」ことを、正しさの理由にする誤りです。
ノーベル賞を受けた研究者も、この健康法をすすめている。だから、この健康法は効果がある。
多くの学生が一夜漬けで乗り切っているのだから、一夜漬けは効果のある勉強のしかたである。
直し方:有名な人の発言なら、その人が何を根拠にそう述べたのかを示します。専門外のことについての発言は、とくに根拠になりにくい点にも注意します。「多くの人がそう考えている」は、そう考える人が多いという事実を示すだけで、その考えが正しい理由にはなりません。正しさの根拠は別に示します。
筋道がゆがんでいる誤謬
偽の二分法
本当はほかの選択肢があるのに、二つしかないように示す誤りです。
レポートは自分で一から書くか、AI にすべて書かせるかのどちらかだ。一から書くのは時間がかかりすぎるので、AI に書かせるしかない。
直し方:ほかの選択肢(AI に相談しながら自分で書く、など)がないかを検討してから、選択肢を絞ります。「A か B か」という比較の問いを立てるときも、両方が関わる、別の要因があるといった可能性を一度は考えておきましょう。
論点先取(循環論法)
示すべき結論を、理由の中にすでに含めてしまう誤りです。
この理論は正しい。なぜなら、この理論が誤っているとは考えられないからである。
直し方:理由が、結論とは別の、確かめられる事実になっているかを見ます。
滑り坂論法
小さな一歩が、根拠なしに次々と悪い結果へつながると主張する誤りです。
授業で AI を認めれば、学生は自分で考えなくなり、やがて大学教育そのものが成り立たなくなる。
直し方:つながりの一つ一つに根拠があるかを確かめます。根拠のない段階は、可能性として控えめに書くか、削ります。
誤ったたとえ(類推)
肝心な点で似ていないものをたとえに使い、そのたとえを主張の理由にする誤りです。
記憶は図書館のようなものだから、一度覚えたことが消えることはない。
直し方:たとえは説明のためにとどめ、主張の根拠は実験や資料で示します。たとえを使うときは、たとえと実際とが、主張に関わる点で本当に似ているかを確かめます(「レトリックとの向き合い方」)。
言葉の意味のすり替え
同じ言葉を、途中で別の意味で使う誤りです。
記憶は「再構成」されるものである。再構成されたものは作り話である。したがって、記憶は作り話である。
直し方:大切な言葉は最初に意味を決め(定義し)、最後まで同じ意味で使います(「言葉の定義」)。
他人の主張を批判するときの誤謬
文献を評価したり、反対の立場に応じたりするときに起こりやすい誤謬です。どちらも、主張と根拠を検討するという批判の役目を果たしていません。批判のつもりで書いた文が批判として成り立たない、ほかのよくある形は「批判的に考える」で紹介しています。
藁人形論法
反対の立場を、実際より極端で弱い形に言い換えてから退ける誤りです。反論の正しい取り上げ方は「反論と再反論」を見てください。
授業での AI の利用を認めるべきだという人は、学生が何も考えなくてよいと言っているのと同じだ。
直し方:反対の立場は、その立場の人が実際に述べている、いちばん強い形で紹介してから応じます。
人に訴える(人身攻撃)
主張の中身ではなく、主張した人の属性や態度を攻撃する誤りです。
その研究者は企業から研究費を受けているので、その結論は信用できない。
直し方:利害関係は、確かめるきっかけにはなっても、それだけで結論が誤りだとは言えません。研究の方法やデータのどこに問題があるかを示します。
自分の論証を点検する
- 少ない例から、大きな結論を出していないか
- 「〜によって」「〜の原因は」と書いた所に、因果を言える根拠があるか(相関のデータなら、第三の要因・逆の因果・偶然・集め方の偏りを考えたか)
- 有名な人や多くの人の意見を、理由の代わりにしていないか
- 反対の立場を、相手が実際に述べている形で紹介しているか
- 批判を、主張した人ではなく、主張と根拠に向けているか
- 選択肢を、根拠なく二つに絞っていないか
- 理由が、結論の言い換えになっていないか
- たとえを、主張の理由にしていないか
- 大切な言葉を、最後まで同じ意味で使っているか
論証を部品に分けて点検する方法は「トゥールミンの論証モデル」でも紹介しています。