日常と意味が違う言葉:証明・批判・考察など
「証明」「批判」「考察」「議論」「理論」「有意」などは、ふだんの会話やネット、動画での使われ方と、学術的な文章での意味が大きく違います。レポートのどこで誤用が起きやすいかの一覧と、まちがえやすい言葉の、日常での使われ方と学術での意味、書き方の例をまとめました。
学術的な文章には、ふだんの会話やネットでもよく使う言葉が出てきます。ところが、その中には、日常での使われ方と、学術での意味が大きく違う言葉があります。日常の意味のつもりで使うと、書き手が思っている以上に強い主張や、まったく別のことを言っているように読まれてしまいます。
ここでは、レポートでとくにまちがえやすい言葉を集めました。最近は、動画やネットの言い方がそのままレポートに入り込む例も多くなっています。
誤用が起きやすい場所
| 場所 | 起きやすい誤用 | 直し方 |
|---|---|---|
| 序論 | 「本稿では〜を考察していく」「〜を解説する」「〜を深掘りする」と予告するだけで、問いを立てない | 問いを一文で示す(「考察」「解説」「深掘り」) |
| 本論 | 体験談や記事一本を「エビデンス」と呼ぶ。一度ためしただけで「検証した」と言う。印象を「分析」と呼ぶ | どんな研究や手続きで、何が示されたのかを書く(「エビデンス」「検証」「分析」) |
| 本論の反論 | 相手を言い負かす「論破」、人や立場を責める「批判」 | 主張と根拠を検討する(「論破」「批判」) |
| 結論・考察 | 根拠のない推測や深読みを「考察」と呼ぶ。「〜説ある」のような軽い見込みを書く | 本論や結果で示した根拠から言えることだけを書く(「考察」「説」) |
| どこでも | 「科学的に証明された」「客観的に見て」「心理学的に正しい」「それは〜バイアスだ」 | 言葉で確かさを足さず、根拠を書く(「証明」「客観的」「心理学的に」) |
言い回しの面では、「本稿では〜を見ていく」のような予告の「〜していく」も、動画やプレゼンの話し方です。レポートでは使いません(「文体と表記」)。
主張の確かさに関わる言葉
証明
- 日常では:「科学的に証明された」「これで〜が証明された」のように、もう疑う余地がない、という意味で使われます。
- 学術では:数学や論理学の証明は、前提から結論を、例外なく導くことです。一方、実験や調査にもとづく研究では、結果は仮説を支持することはあっても、「証明」はしません。のちの研究で、別の結果が出る可能性がいつも残っているからです。
| 避けたい書き方 | よい書き方 |
|---|---|
| 本実験により、睡眠が記憶を強めることが証明された | 本実験の結果は、学習後の睡眠が再生を高めるという仮説を支持した |
| 干渉説は正しいと証明されている | 干渉説を支持する研究が多く報告されている |
なぜ予測どおりの結果でも「証明」と言えないのかは「演繹と帰納」で、仮説と結果の関係は「仮説の立て方」で紹介しています。
理論
- 日常では:「理論上は」「ただの理論にすぎない」のように、現実とは離れた考え、まだ確かめられていない推測、という意味で使われることがあります。
- 学術では:理論は、多くの観察や実験の結果を、まとまった仕組みで説明する考えの体系です。理論からは、確かめられる予測(仮説)が導かれます。よく確かめられた理論は、思いつきや推測とは正反対のものです。
「〜は理論にすぎない」と書くと、その理論を支えてきた研究を無視しているように読まれます。弱点を指摘したいなら、どの予測が、どの結果と合わないのかを示します。
仮説
- 日常では:「それは仮説にすぎない」のように、根拠のない思いつき、という意味で使われます。
- 学術では:仮説は、理論や先行研究から導かれ、実験や調査で確かめられる形にした予測です。根拠のない思いつきではなく、確かめる手続きとセットになったものです(「仮説の立て方」)。
有意
- 日常では:「有意義」と同じように、意味がある、価値がある、重要だ、という意味に受け取られがちです。
- 学術では:統計の有意は、「本当は差がないとしたら、これほどの(あるいはそれ以上の)差が偶然に生じることはめったにない」という意味です。差が大きいことも、重要であることも意味しません。差の大きさは、効果量で示します(「結果の書き方」)。
「有意な差がなかった」も、「差がない」という意味ではありません(「結果の書き方」)。
説
- ネットでは:「〜説ある」のように、「〜かもしれない」という軽い見込みの意味で使われます。
- 学術では:説は、ある現象を説明する、まとまった考えや立場のことです。「干渉説」「減衰説」のように、根拠となる研究の積み重ねがあり、ほかの説と比べて検討されます。思いつきの見込みを「説」とは呼びません。
見込みを書きたいなら、「〜の可能性がある」と書き、その根拠を示します(「論証」)。
示唆
- 日常では:「ほのめかす」「それとなく伝える」という意味で使われます。
- 学術では:「この結果は〜を示唆する」は、結果が〜という解釈を、決定的ではないが支持している、という意味です。「示す」より控えめで、「考えられる」とほぼ同じ強さの言い方です。根拠の強さに合わせて選びます(「論証」の「言い切りの強さをそろえる」)。
エビデンス
- 日常では:ネットでは「エビデンスは?」のように、何かの出典やリンク、という程度の意味で使われることがあります。
- 学術では:エビデンス(証拠)は、研究によって得られた、主張を支える根拠です。そして、エビデンスには確かさの違いがあります。一人の体験談、一回の調査、よく統制された実験、多くの研究を検討したレビューでは、同じ「エビデンス」でも重みがまったく違います。
レポートでは、「エビデンスがある」とだけ書くのではなく、どんな研究で、何が示されたのかを書きます(「一次資料と二次資料」)。
科学的
- 日常では:「科学的に正しい」「科学的に証明された」のように、権威のある確かなもの、という意味で使われます。
- 学術では:科学的であるとは、観察や実験という確かめられる手続きで主張を検討し、新しい証拠があれば考えを改める、という進め方をとることです。「科学的」は結論の確かさを保証する言葉ではなく、確かめ方についての言葉です。
「科学的に〜とされている」と書くより、どんな研究で何が示されたのかを書きましょう。
論じ方に関わる言葉
批判
- 日常では:相手を責める、悪く言う、という意味で使われます。
- 学術では:批判は、主張の根拠・前提・方法をていねいに吟味して、どこまでが妥当で、どこに問題があるのかを明らかにすることです。よい点を認めることも、批判に含まれます。「批判的に読む」は、あら探しをすることではなく、鵜呑みにせずに確かめながら読むことです。
批判の対象は、主張と根拠です。主張した人の人柄や立場ではありません(「誤謬」の「人に訴える」)。
| 避けたい書き方 | よい書き方 |
|---|---|
| 高橋(2019)の説はおかしいので批判したい | 高橋(2019)は8時間後の再生だけを測っているため、睡眠の効果が翌日以降まで続くかは、この結果からはわからない |
批判として成り立つ書き方と、よくある誤った批判は「批判的に考える」で紹介しています。
考察
- 日常では:ネットでは、作品の伏線の推測や、自由な想像、ときには根拠のない推理を「考察」と呼ぶことがあります。
- 学術では:考察は、結果や資料にもとづいて、その意味や理由を筋道立てて検討することです。根拠を示さない推測や、感想は、考察ではありません。
「考察しなさい」という課題では、資料やデータを根拠に、「なぜそうなったのか」「それは何を意味するのか」を論じます(「考察の書き方」)。
考察は、根拠を示したあとで行うものです。実験レポートでは結果のあとの考察の節で、論証型のレポートでは本論で根拠を検討し、結論で問いに答えます。序論で「〜を考察していく」と予告しても、問いを立てたことにはなりません。序論では、何を問うのかを示します(「序論の書き方」)。論文の序論には「本稿では〜について考察する」と目的を述べる書き方もありますが、その場合も、何を問うのかがはっきり示されています。
解説
- ネットでは:「〜を解説してみた」のように、詳しい人が知っていることをわかりやすく伝える、という意味で使われます。
- 学術では:レポートで「本レポートでは〜を解説する」と書くと、知っていることを伝えるだけの文章になり、問いも、書き手の検討も見えなくなります。まとめる課題(説明型のレポート)なら、何を観点に整理するのかを書き(「説明型レポートの書き方」)、論じる課題なら問いを立てます。
分析
- ネットでは:「〜を分析してみた」のように、よく見て感想や意見を述べる、という意味で使われます。
- 学術では:分析は、データや資料を、決めた方法で分けたり比べたりして調べることです(統計による分析、発言や記述の内容の分析など)。方法を示さずに印象を述べることは、分析ではありません。「分析した」と書くなら、何を、どの方法で分析したのかを書きます(「方法の書き方」)。
深掘り
- ネットでは:「〜を深掘りする」のように、ある話題をくわしく掘り下げる、という意味で使われます。
- 学術では:話し言葉で、レポートでは使いません。それに、「深掘りする」と書いても、何をどう問うのかは伝わりません。問いを一文で示し、「〜を詳しく検討する」と書きます(「問いの立て方」)。
議論
- 日常では:言い争い、口論、という意味で使われることがあります。
- 学術では:議論は、主張を理由と根拠によって示し、それを検討し合うことです。「先行研究の議論」は、これまでの研究で何が論じられ、どんな立場の違いがあるか、という意味です。言い争いの意味は含みません。
論破
- ネットでは:相手を言い負かす、勝ち負けをつける、という意味で使われます。
- 学術では:論証の目的は、相手を負かすことではなく、より確かな理解に近づくことです。反対の立場を取り上げるのも、勝つためではなく、自分の主張がどこまで言えるのかを確かめるためです。「論破」という言葉は、レポートでは使いません。
反論の扱い方は「反論と再反論」を見てください。
検証
- 日常では:「〜を検証してみた」のように、ためしにやってみた、という意味で使われます。
- 学術では:検証は、仮説や主張が正しいかどうかを、あらかじめ決めた手続きで確かめることです。一度ためしただけのことや、結果を見てから判断の基準を変えたものは、検証とは言えません。
論理的
- 日常では:「論理的に考えれば〜だ」のように、自分の考えが正しいことを強める言葉として使われます。
- 学術では:論理的であるとは、前提から結論へのつながりに飛躍がなく、ほかの人がその筋道をたどって確かめられることです(「論証」)。「論理的に考えれば」と書いても、筋道を示さなければ論理的にはなりません。
見方に関わる言葉
客観的
- 日常では:「客観的に見て〜だ」のように、自分の意見を強めるため、あるいは「冷静に考えれば」という意味で使われます。
- 学術では:客観的であるとは、手続きと根拠が示されていて、ほかの人が確かめても同じ結論になりうることです。書き手が「客観的に見て」と書いても、それだけで客観的になるわけではありません。
「客観的に見て」と書きたくなったら、その代わりに根拠を書きましょう(「事実と意見を区別する」)。
バイアス
- ネットでは:偏見、えこひいき、という悪い意味で使われることが多い言葉です。
- 学術では:バイアスは、結果を同じ方向へずらしてしまう、系統的な偏りのことです。調べる対象の人の集め方の偏り(選択のバイアス)や、人の判断に共通してみられる偏り(認知バイアス)などがあります。誰にでも、どんな研究にも起こりうるもので、「バイアスがある」という指摘は、相手を責めることではなく、結果がずれる仕組みを示すことです。
調べる対象の人の集め方の偏りの例は「誤謬」の「相関と因果の取り違え」にあります。
主観的
- 日常では:「それは主観的だ」のように、思い込みで当てにならない、という悪い意味で使われます。
- 学術では:主観的とは、本人の経験や判断にもとづく、という意味です。それ自体が悪いわけではありません。たとえば、質問紙で「どのくらい眠れたと感じるか」をたずねる主観的な評価は、睡眠の研究で大切なデータになります。大切なのは、それが主観的な評価であることを明示し、ほかの測り方とどう違うかをふまえて使うことです。
心理学的に
- ネットでは:「心理学的に正しい」「それは〜バイアスだ」「〜効果で好かれる」のように、心理学の言葉が、話を確からしく見せるために使われることがあります。
- 学術では:心理学は、一つの答えを持つ権威ではなく、研究ごとに条件を決めて確かめていく分野です。「心理学的に」と書いても、何の根拠にもなりません。ネットで広まった「〜効果」「〜の法則」の中には、元の研究の条件をはずれて使われているものや、のちの研究で同じ結果が得られなかったものもあります。
心理学の知見を使うなら、どの研究で、どんな条件のもとで、何が示されたのかを書きます。「〜バイアス」などの用語は、教科書や論文で意味を確かめてから使います(「言葉の定義」)。
一般に・普通
- 日常では:「一般に〜だ」「普通は〜する」のように、自分の感覚で多いと思うことを言うときに使われます。
- 学術では:「一般に〜である」と書くなら、それが多くの場合に成り立つことを示す根拠(調査や研究のまとめ)が必要です。根拠がなければ、自分の経験を広げただけになります(「誤謬」の「早まった一般化」)。
数に関わる言葉
平均
- 日常では:「平均的な大学生」のように、ふつうの、典型的な、という意味で使われます。
- 学術では:平均は、データの中心を表す値の一つです。極端に大きい値や小さい値があると、平均はそちらに引っぱられ、多くの人の実際とずれることがあります。そのため、平均を示すときは、データのばらつき(標準偏差など)も必ず示します。分布が大きく偏っているときは、中央値(真ん中の値)もあわせて示します(「結果の書き方」)。「平均的な人」がいるとは限りません。
迷ったら
ここに挙げた言葉を使うときは、次のことを確かめてみてください。
- その言葉を、日常の意味で使っていないか
- 根拠の強さに合った言葉か(「証明」「明らかになった」は、言いすぎになりやすい)
- 言葉の代わりに、根拠や手続きを具体的に書けないか
- 動画やネットの言い方(考察していく、解説する、深掘り、〜説ある)になっていないか
(この記事の例に出てくる文献は、説明のための架空のものです。)