見本のレポート:2,000字の論証型レポートに注釈を付けて
「忘却の原因について、減衰説と干渉説を比較し、実験的証拠を挙げて論じなさい」という課題に答える、2,000字ほどの論証型レポートの見本です。序論・本論・結論の各部分に、どこで何をしているのかの注釈を付けました。
ここでは、論証型のレポートを一本、はじめから終わりまで示します。各部分のあとに、そこで何をしているのかの注釈を付けました。書き方の手順は「論証型レポートの書き方」と「アウトライン」を見てください。
この見本で使っている文献は、Jenkins and Dallenbach (1924) を除いて、説明のための架空のものです。 実際のレポートでは、自分で探して読んだ文献を使ってください。また、見本はあくまで一つの例です。授業の指定(書式、見出しの有無など)があれば、それに従ってください。
課題:「忘却の原因について、減衰説と干渉説を比較し、実験的証拠を挙げて2,000字程度で論じなさい。」
題名
忘却の主な原因は減衰か干渉か:睡眠と学習の実験から考える
注釈:主題(忘却)と、レポートの問い(減衰か干渉か)が題名からわかるようにしています。副題で、どんな根拠から考えるのかを示しています。
1. はじめに(序論)
一度覚えたことでも、時間がたつと思い出せなくなる。この忘却がなぜ起こるのかについて、心理学では大きく二つの説明が提案されてきた(山田, 2020)。一つは、記憶の痕跡が時間の経過とともに薄れていくとする減衰説であり、もう一つは、ほかの記憶が思い出すことを妨げるとする干渉説である。
二つの説明は、どちらも日常の経験とよく合うように見える。しかし、忘却の主な原因をどちらに求めるかによって、記憶の仕組みのとらえ方は大きく異なる。減衰説にもとづけば忘却は避けられない時間の働きであり、干渉説にもとづけば、覚えたあとの過ごし方しだいで忘却は変わりうることになる。
そこで本レポートでは、忘却の主な原因は時間の経過による減衰か、ほかの記憶による干渉か、という問いを検討する。まず、経過時間が同じでも覚えたあとの活動によって忘れ方が変わるかを、睡眠の実験から確かめる。次に、時間の経過だけで記憶が弱まることを示せるかを検討する。最後に、睡眠の効果を干渉とは別の仕組みで説明する見方を取り上げ、それにどう答えられるかを考える。
注釈
- 主題(忘却)→ 背景(二つの説明)→ 問題(どちらに求めるかで、とらえ方が変わる)→ 問い → 道筋、の順になっています(「序論の書き方」)
- 答え(どちらの説が有力か)は、まだ書いていません。序論は問いを立てるところです
- 道筋の三つ(「まず」「次に」「最後に」)が、本論の三つの節にそのまま対応しています
- 背景の二つの説明にも、出典(山田, 2020)を添えています。教科書や概説書の説明を使うときも、出典を示します
- 「私」「筆者」を主語に立てず、「本レポートでは」と文書を主語にしています(「「私」の視点と、私がいなくても成り立つ議論」)
2. 経過時間が同じでも、忘れ方は変わる(本論1)
覚えたあとの活動によって忘却が変わることを示した古典的な研究に、Jenkins and Dallenbach (1924) の実験がある。この実験では、2名の参加者が無意味な綴りのリストを覚え、そのあと眠った場合と、起きて過ごした場合とで、1〜8時間後の再生を比べた。その結果、同じ時間が経過していても、眠った場合のほうがよく思い出せた。
参加者が2名と少ないこの実験の結果は、その後、より多くの参加者を対象とした研究でも確かめられている。高橋(2019)は、大学生40名を、学習後に8時間眠る条件と、起きて別の課題を行う条件に分けて比べ、睡眠条件の再生数が覚醒条件よりも多かったことを報告している。
もし忘却が時間の経過だけで決まるのであれば、同じ時間が経過した二つの場合で、再生に差は生じないはずである。経過した時間が同じであるにもかかわらず再生に差が生じたことは、忘却が時間の経過だけでは決まらないことを示している。起きているあいだは、新しい情報が次々に入ってくる。この結果は、覚えたあとに入ってくる情報が記憶を妨げるという干渉説の考え方と合う。
注釈
- 一段落めの最初の文で、「覚えたあとの活動によって忘却が変わる」という、この段落で示すこと(中心文)を先に出しています(「パラグラフ・ライティング」)
- 実験の内容を、自分の言葉でまとめています(間接引用)。直接引用は使っていません(「根拠と引用」)
- 古い実験の弱点(参加者が少ない)を認めたうえで、新しい研究で補っています
- 三段落めで、データ(再生に差があった)から主張(時間だけでは決まらない)へのつながり(論拠)を言葉にしています(「トゥールミンの論証モデル」)
- 「干渉説が証明された」ではなく、「考え方と合う」と書いています。実験の結果は仮説を支持しても、証明はしません(「日常と意味が違う言葉」)
3. 時間の経過だけを取り出すことの難しさ(本論2)
一方、減衰説を確かめるには、時間の経過だけで記憶が弱まることを示す必要がある。しかし、時間がたつあいだ、人は何らかの経験をし続けている。眠っているあいだでさえ、まったく何も起こらないわけではない。そのため、時間の経過の影響だけを、ほかの経験の影響から切り離して取り出すことは難しい。
さらに、山田(2020)は、一度思い出せなくなった単語でも、その単語の最初の文字のような手がかりを示されると思い出せることがある点を挙げている(pp. 56–57)。そのうえで、忘却の多くは記憶そのものが消えるからではなく、思い出すための手がかりがうまく働かないために起こると考えられる、と論じている(p. 58)。この見方にもとづけば、思い出せないことは、必ずしも記憶の痕跡が薄れたことを意味しない。
以上から、時間の経過によって記憶が薄れるという減衰説の中心の考えは、それだけを取り出して確かめることが難しく、少なくとも忘却の主な原因として示すだけの根拠は得られていないと言える。
注釈
- 「一方」で、本論1とは反対側(減衰説)の検討に移ることを示しています(「接続の言葉」)
- 山田(2020)の主張を、「考えられる」という原文の言い切りの強さを変えずに言い換えています。原文の推測を断定に変えると、文献の内容を変えて示すことになります(「言い換え(パラフレーズ)」)
- 「減衰は起こらない」とは言い切らず、「主な原因として示すだけの根拠は得られていない」と、根拠の強さに合わせて言っています(「論証」)
4. 睡眠中の定着という見方への応答(本論3)
もっとも、本論1で挙げた睡眠の効果は、干渉が減ったためではなく、睡眠中に記憶の定着が進んだためだとも説明できる。渡辺(2022)は、睡眠中に記憶が整理され、強められる働きも、睡眠の効果に関わりうることを指摘している。この見方にもとづけば、睡眠の実験だけでは、干渉説を支持する証拠として十分ではない。
確かに、睡眠中に記憶の定着が進む可能性は否定できない。しかし、起きているあいだでも、覚えたあとに学ぶ内容が元の内容と似ているほど、忘却が多くなることが報告されている(中村, 2019)。睡眠をとらない条件で、学ぶ内容の似ている度合い(干渉の強さ)によって忘れ方が変わるのであれば、この結果は定着の進み方だけでは説明しにくい。
したがって、睡眠の効果のすべてを干渉で説明できるとは言えないものの、忘却の少なくとも一部は、ほかの情報による干渉によって起こると考えられる。
注釈
- 自分の主張に対する、いちばん強い反論(睡眠中の定着)を取り上げ、それが誰の見方かを出典(渡辺, 2022)で示しています。誰の説かを示さずに「〜という見方もある」と書くと、出どころのわからない主張になります(「レトリックとの向き合い方」)
- 反論を実際より弱い形に言い換えて退けると、藁人形論法という誤謬になります(「反論と再反論」)
- 「確かに〜。しかし〜。したがって〜」の型で、反論の一部を認めたうえで応じ、主張の範囲を狭めています
- 中村(2019)は文の終わりに出典を添える形、渡辺(2022)は文の主語にする形と、出典の示し方を使い分けています(「引用の書式」)
5. おわりに(結論)
本レポートでは、忘却の主な原因が減衰と干渉のどちらにあるかを検討した。経過時間が同じでも覚えたあとの活動によって忘れ方が変わること、時間の経過だけで記憶が弱まることを示すのは難しいこと、睡眠中の定着を考えても干渉の働きが残ることから、本レポートで検討した証拠にもとづけば、忘却の主な原因としては、減衰よりも干渉のほうが有力であると考えられる。ただし、本レポートで扱った研究の多くは、無意味な綴りや単語のリストを覚える実験であり、日常の出来事の記憶にも同じことが言えるかは、さらに検討が必要である。
注釈
- 序論の問い(減衰か干渉か)に、そのまま答えています(「結論の書き方」)
- 本論の三つの節の要点を、一文にまとめ直しています
- 新しい論点は出さず、限界(扱った研究の範囲)を示して締めくくっています
- 感想(「興味深かった」など)は書いていません
引用文献
Jenkins, J. G., & Dallenbach, K. M. (1924). Obliviscence during sleep and waking. The American Journal of Psychology, 35(4), 605–612. https://doi.org/10.2307/1414040
中村 一郎(2019).学習内容の類似性と忘却 記憶研究,10,1–12.
高橋 健(2019).学習後の睡眠が単語の再生に及ぼす影響 記憶研究,10,30–39.
渡辺 美咲(2022).睡眠の効果は干渉の減少か定着の促進か 記憶研究,13,20–31.
山田 太郎(2020).忘却の心理学 架空書房
注釈
- 本文で引用した文献を、すべて載せています。本文で引用していない文献は載せません
- 日本語の文献と英語の文献を一つの一覧にまとめ、著者の姓の読みのアルファベット順(Jenkins, Nakamura, Takahashi, Watanabe, Yamada)に並べています(「引用の書式」)